(18)神秘の母子のメカニズム

土足のまま上がってきて
土足のまま帰って行ったその人の後ろ姿を呆然と眺めながら
目の前に得体の知れない真っ暗なトンネルが見えるような気がしました。
そしてすでに、そのなかに一歩足を踏み入れてしまった感覚でした。
その真っ暗な中へ、そのまま足を進ませなければ
いつまでたっても出口にはたどり着けない…
だから歩くしかない…そんな気さえしました。
そしてこの日からまた、誰にも会いたくない日々が始まりました。
スーパーに行くのさえ怖いのです。
ガソリンスタンドに行くのも怖い…
とにかく誰とも顔を合わせたくないのです。
わたしのことを知っていようが知らまいがそんなこと関係なくです。
幸いにも、夏休みが始まった直後の出来事で
子供達にはなんの影響もなく過ごせたことが不幸中の幸いであり
なにより助かったことでありました。
…というか
やっぱりうちの家族は、元来の天然らしく…
結局、小学生だった長男と次男が
倒産したことを知ったのは
それから半年以上経ってからのことでした(笑)
食卓に並ぶ品数は明らかに減り
(それまでもたいして豪華ではなかったけど…笑)
買ってほしいというものも我慢させていたとは思うのですが…
それでも、夜逃げしなかったことで
環境が変わらず生活ができ
それよりもなによりも
たぶん、家族の誰もが家の中ではどこか穏やかだったのです。
もしかしたら、白髪のおじさんは
毎回何千万円という期日に落とさなければいけない手形の心配から解放されて
それまでずっとひとりでキリキリと持ち続けていたものが
ラクになったのかもしれません。
それでも
人さまにご迷惑をかけてしまった…というどうしようもない現実があり
それに、真摯に向き合って対処していかなければいけないわけです。
逃げなかった…ということは
それに向き合うことさえも手を抜くことはできないということです。
世間は…といっても、三重の田舎の小さな街の人々は
新聞にまで出たそれに一時的な興味は持ったかもしれませんが
きっと、そのあとは明らかに人ごとであり
関心の的でもありません。
ところが、面白いものですね…
当事者のわたしの方が
ずっと好奇の目で見られているような気がして
人前はおろか家から一歩出ることさえ勝手に躊躇していました。
そんな平成10年
白髪のおじさんは、どういうわけか子供の小学校のPTA会長をさせてもらっていたのです。
そんなことをしそうなタイプではまったくないのに…
頼まれたら、『あ、そうなん…』なんて、軽い返事で快諾し(笑)
副会長を一年務めさせてもらった後の会長職でした。
任期途中ではあっても、こんな状況になりお金もないし…
それよりもカッコ悪くて到底続けられないだろう…と思ったのはわたしだけ…(笑)
彼は、卒業式で…案の定の…愛想のないぶっきらぼうなPTA会長の挨拶までやってのけ
その任を放棄することなく全うしました。
この『図太さ』のおかげだなあ(笑)わたし達がこうして痩せ細ることなく生きているのは…
と、つくづく感じたものでございます…
そして
その怒涛の平成10年の、一番の功労者は
不渡り…と共にこの世にやってきた(笑)
【わたるくん】とは名付けられることはなかった一番末っ子の息子です。
本当にありがたいことに
沈むしかない我が家の空気を、彼の存在が明るくしてくれました…
赤ちゃん…というのは、無条件の愛をこちらに与えてくれますね♡
そして
もうひとつ、彼に感謝していることは
おっぱいで泣いているのか
オムツで泣いているのかを
百発百中でわたしに知らせてくれたこと…。
これは…そんな状況にありながらも
母として…女としての無上の喜びを教えてくれた
わたしの大きな『宝物』になりました。
システムはいたって簡単でした…
赤ちゃんが泣く…
その瞬間にまったく普通の張ってもいない状態のおっぱいが
ピーンと反応すればお腹が空いてる
その瞬間に、おっぱいがビクともしなかったらお尻が気持ち悪い…。
とってもシンプルなメカニズムなのです。
母親を経験した方なら少なからずご経験があるかと思いますが…
オムツも替えたし、おっぱいも飲んだのに
なんでまだ泣くのーー?
こっちが泣きたいよーー!っていう場面(笑)
ところが
仮称わたるくん…は、その泣きたい気持ちにわたしを一度たりともすることはありませんでした。
だって、ひと声泣いただけで
わたしの子宮なのかおっぱいなのかはわかりませんが
確実に反応して
それは、みごとに百発百中なんですもの!
そして、わたしの泣きたいところが、それ以外のところに満載なのを
知っていてくれたのかもしれません…
世間からの手のひら返しや
ソッポを向く親戚
明日のお米をどうやって工面するか…
そんな時間を送っている最中に
赤ちゃんにわけもなく泣かれたら
もおおおーーー‼︎‼︎‼︎(泣)
ってなりかねませんよね?
こうして
倒産の憂き目とは裏腹に
たぶん太古から存在したであろう
神秘の母子のメカニズム…を
体感させてもらった33歳厄年のオンナでありました。
ついで話をするならば…
このあとからわたしは
月のものがきても
トイレで座った時にしかそれは出なくなりました。
20年近く前…
まだ経血コントロールなんていう言葉さえ
わたしの周りにはなかった頃の話です。
女性の身体とは
なんと素晴らしいものか…と
そんなことの片鱗を教えてもらったのも
【 倒産 】…という
ショックがもたらしてくれた副産物だったのかもしれませんね。

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